「映画『敵』大ヒット!長塚京三が語る“独居老人”主人公の新たな魅力と友人の反応」

admin2025-02-24  18

シニア層の心をつかむ映画

公開から1か月を超えた映画「敵」(吉田大八監督)は、特にシニア層の観客から高い支持を受け、連日満席の上映が続いている。今後もロングランの可能性が高まっている。

原作は90歳を迎えた著名作家、筒井康隆さんの小説で、昨年の第37回東京国際映画祭では東京グランプリを含む3冠を受賞した話題作だ。物語は77歳の元大学教授の日常と最期を描き出しており、「名作老人映画の誕生」との評価も得ている。

主演の長塚京三さんは79歳で、劇中のキャラクターとほぼ同じ年齢。この成功に驚きを隠せない彼は、単独インタビューで「多くのお客様に来ていただけるとは思っていなかったので、本当に嬉しいです」と語った。

「俳優として長いキャリアを持ち、この年齢になったからこそ、こうした役が来るだろうと思っていました。それだけに、ついにその時が来たという感じです」と長塚さんは振り返る。

監督の吉田大八氏は、脚本執筆時には特定のキャストを考えていなかったが、完成後に長塚さんにオファーを出したという。「原作を再読すると、多くのテーマやモチーフが込められていることに気づきました。その全てをうまく整理し、原作に忠実な形でまとめたのは見事だと思います」と感心を示した。

物語の中で、主人公の元大学教授はフランス近代演劇を専門とし、妻に先立たれ、子どももいない孤独な生活を送っている。普段の生活は清潔で、料理や掃除など全てを一人でこなしている。彼は人生の終わりを意識しながらも、日々の生活を大切にしている。

「料理のシーンでは、手元がアップで映るのですが、あれは全て私がやっています。特にレバーを切って牛乳に漬けるシーンは少し気持ち悪かったですが、楽しい経験でした」と長塚さんは笑顔で語る。

撮影は一般家庭で行われ、古い家の狭い空間での撮影は、スタッフにとっては大変だったという。「機材が多く持ち込まれるので、最終的には非常に狭くなり、スタッフは苦労したと思います。でも、他の出演者やスタッフの助けで、大きな苦労はありませんでした」と話した。

フランスでの俳優デビュー

長塚京三さんは東京出身で、早稲田大学の演劇科に進学した。「特に演劇に興味があったわけではなく、出来心で始めたんです」と振り返る。大学時代、彼は「劇団木霊」に所属し、演劇活動を始めた。

その後、早稲田大学を中退し、パリ・ソルボンヌ大学に留学。1974年にはフランス映画「パリの中国人」で俳優デビューを果たす。「語学の先生が映画界の人脈を持っていて、オーディションを受けたところ、運良く合格しました」と当時を懐かしむ。

帰国後は、TVドラマや映画、舞台で本格的に俳優活動を開始。特に1977年の「遠い一本の道」では、国鉄マンの家族の物語に出演し、映画の重要性を再認識した。

映画「敵」が描く深淵なテーマ

「敵」では、普段の穏やかな日常が次第に不穏な空気に包まれていく。主人公のもとに「敵は北からやってくる」という意味不明のメールが届き始め、彼の心に不安が芽生えていく。「この映画は、いままでの甘さに対する因果応報のようなもので、最後にやってくるお仕置きのように感じました」と長塚さんは解釈を示した。

長塚さんは、すでに大学教授や高齢者を演じる機会が多かったが、今回の作品ではその現実的な苦悩と執念が描かれている点が特別だと語る。「この映画は、単なる演技ではなく、実際の感情に根差したものです」と力を込めた。

2月15日、長塚さんは、吉田監督や共演者とともに、映画の成功を祝う舞台挨拶に立った。「地域で同年代の友人たちが『いい仕事したな!』と言ってくれるのが嬉しいです。この素晴らしい仲間と作品に出会えたことに感謝しています」と感謝の意を表した。

映画「敵」は、東京都内で7か所の映画館で引き続き上映中であり、多くの観客を魅了し続けている。

映画「敵」全国公開中
【写真】(C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA
宣伝・配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。新潮社で42年間編集者を務め、現在はフリーライターとしても活動中。音楽ライターとしても知られる。

デイリー新潮編集部