映画界で名を馳せる岩井俊二監督(62)。彼が手掛けた「スワロウテイル」や「リリイ・シュシュのすべて」といった作品を振り返ると、彼の音楽的センスの深さが際立つ。岩井監督の音楽への情熱やその影響を受けた背景について掘り下げてみる。
(全2回の第1回)
***
岩井監督は、特定のアーティストに偏ることなく、幼少期から特定の音楽スタイルを好んでいたことを明かす。その音楽に対する鋭い感受性は、早くから彼に根付いていたことが伺える。
「小中学校の頃は、特定のアーティストに夢中になることはなかったけれど、曲の雰囲気に魅かれていました。特に虫プロダクションのアニメの楽曲には、ポップスやジャズの要素が感じられました。今思えば、複雑なコード進行に心惹かれていたのかもしれません」と岩井監督は回想する。
特に印象に残っているのは、「アンデルセン物語」のエンディング曲「キャンティの歌」であり、そのメロディーは後にジャズの名曲「スターダスト」を彷彿とさせたという。さらに幼少期には、童謡「あめふりくまのこ」が好きだったが、驚くことにその曲は友人の父が作曲したものであった。
「小学校高学年の頃にはカーペンターズやバート・バカラックに夢中になっていました。音楽の趣味が一貫していることを考えると、もしかしたら音楽の道に進む運命だったのかもしれません」と振り返る。
「もし中高時代に楽器を学んでいたら、音楽の道に進んでいたかもしれません。しかし、あの頃は8ミリカメラを手にして映像に興味を持ちました」とも語る。
8ミリカメラを手に入れたことで、映像制作に傾倒していった岩井監督。横浜国立大学の教育学部美術学科に進学後も、音楽への情熱は失われず、学部内の音楽棟に忍び込み、ピアノでコード進行を試す日々を送っていた。
「友人が持ってきたユーミンの楽譜を弾くうちに、音楽にハマっていきました。サウンドトラックを作るためには、自ら演奏できるようになる必要がありました」と当時を振り返る。
最近、大学時代に彼が弾いたピアノの録音が友人から送られてきた。その音源は約8分にわたり、彼の音楽的な試行錯誤を感じさせるものだった。岩井監督は、「その演奏には、当時の直感が詰まっています」と語る。
大学卒業後、桑田佳祐の「いつか何処か(I FEEL THE ECHO)」のミュージックビデオを手掛ける機会が訪れた。イベント会社でのアルバイトがきっかけとなり、プロの現場での経験を重ねていった。
「最初はメイキング映像の依頼でしたが、江の島でのスチル撮影中にアイデアをプレゼンしたところ、MV制作のチャンスをいただきました」と振り返る。これを機に、平松愛理や松たか子など、多くのアーティストのミュージックビデオ制作へと進出していく。
「初期にはほぼMV制作に専念していましたが、撮影現場では体力的な限界を感じることもありました。それでも音楽があるからこそ、全力で取り組めたと思います」と語る岩井監督。
1995年には、映画「Love Letter」において、中山美穂が歌うシングル「CHEERS FOR YOU」のMVも手掛け、映画と音楽の深い関わりを示した。
***
音楽に関わる仕事をしながらも、映画への情熱を抱き続ける岩井監督。次回は、彼の音楽と映画の融合についてさらに深く探っていく予定だ。
デイリー新潮編集部